HISTORY

Pendleton Heritage

100年以上も前に、
ある一家が作り上げたアメリカ職人の伝統

1863年にアメリカで自らの手で育てた羊からウールを生産するというビジョンを持ったトーマス・ケイという若い英国人織職人がおりました。特に理想とする土地があったわけではないケイは大西洋沿岸を下り、太平洋を上りながら理想的な土地を探す旅に出ました。4カ月後、ケイはアメリカ最新の州であったオレゴンへ立ち寄りました。そこに腰を落ち着けた彼は家族運営の工場を作り、長女であったファニーにノウハウを伝授し、後にその商売を彼女へ譲った。

1893年に開業した最初の工場設立からアメリカ先住民との交易構築までファニーは父の遺産を増進させることに成功しました。父が彼女にしたように、ファニーもまた1898年に家族の伝統を3人の息子たちへ譲りました。それから一年も経たないうちに新たなウール仕上げ部門が稼働し、最初のウール製品の取引が始まり、こうしてPendleton Woolen Millsの基盤を構築しました。今日に至るまでトーマス・ケイとその家族が築き上げたウールやテキスタイル革命の伝統は全てのPendleton製品の基礎となっております。

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Making a Pendleton

我々が作り出すもの全てに
一世紀以上にも亘る
生地製造の経験が含まれている

Pendletonは繊維から生地に至るウールビジネスに対する密接なノウハウの上に構築されております。ウール衣類であろうが、ウール生地であろうが、ウールブランケットであろうが、その全てにPendletonが100年もの間に蓄積してきた経験値、想像力、そして品質への徹底した拘りが織り込まれております。

Making a Pendleton 我々が作り出すもの全てに一世紀以上にも亘る生地製造の経験が含まれているMaking a Pendleton 我々が作り出すもの全てに一世紀以上にも亘る生地製造の経験が含まれている

Our Wool

何世代もの間取引をしてきた農家から家族まで

Pendletonの原毛は生地へと生まれ変わる前に加工が施されます。その後、原毛はホームやファッション製品、メンズやレディースのアパレルやアクセサリーへと織り上げられていきます。牧羊者との直接取引や川上製造によりPendletonが自ら各製造工程をモニタリングし、各工程における品質や価値を維持する事が可能となっております。

ウール製品は企画の段階である程度の形が形成されます。続くステップは原毛の購入です。Pendletonウールのバイヤーは世界各国の市場から調達しますが、依然として大半はアメリカ国内で調達されております。多様性、品質そしてウール繊維の含有量は最高のPendleton毛織物を製造する上で必要不可欠です。
続いての工程は生地の製造です。Pendletonはオレゴン州、そしてワシントン州に自社の織布工場を操業しております。アパレル生地として名高いPendletonではありますが、同様に室内装飾品や家財道具用の生地を生産している事でも知られております。生地製造には染色、カーディング、紡績、織り、そして仕上げなど、実に多くの工程が含まれております。Pendletonの最新染色技術は水、染料、熱そして圧力流をコンピューターが管理しており、その結果として素材の一貫性や色を完全に複製する事が可能となっております。カーディング工程では紡績前に繊維をすいて方向を整えます。紡績中、繊維は引き伸ばされ、捩じられる事で毛糸を形成します。その後、高速の織機が毛糸を絡みあわせる事で織布へと加工されます。ウールが持つ独特のフェルト特性により、織布は制御された伸縮の為の工程を経る事でより柔らかく、そしてコンパクトな生地へと生まれ変わります。その後、洗濯、剪毛、プレス、ナッピング、そして検査を経てから完成品として仕上げられます。生産サイクルの最終段階でブランケット生地は裁断され、正真正銘のPendleton家宝として完成します。

Our Wool 何世代もの間取引をしてきた農家から家族まで Pendleton Virgin fleece wool ROBES-SHAWLS The Outdoor blanket of America
Indigenous Trading Blanket HistoryIndigenous Trading Blanket History

Indigenous Trading Blanket History

1909年以来、Pendletonはアメリカ先住民向けにアメリカ先住民ブランケット、ローブ、そしてショールを製造し続けて来ました。Pendletonはネイティブ・アメリカンの人々と今も深くつながっております。
創業当初より、パターンデザイナー達は先住民向けに彼らの伝統、神話学、そしてデザインの趣向について特に真剣に学びました。初期の頃にはジャッカード織りの天才と呼ばれたジョー・ローンズレイはオレゴン北東部の部族と共に過ごし、彼らの色やデザインに対する趣向を理解する事に努めました。そこから彼は先住民族より集めたアイディアを伝統的な織り方では表現できない様な躍動的な配色や、より詳細なパターンなどを、最新技術を使ってブランケットデザインへと変換しました。

毛織工場技術が導入される以前は、伝統的なブランケットは皮革或いは小動物の毛皮などを縫い合わせたもの、羊毛から織ったもの、羽、ダウン、樹皮とコットン、地域によってはヒマラヤスギを切り刻んだものなどから作らておりました。
そのうちに、ウールブランケットが持つ耐久性が注目され、交易上の価値が高まりました。更にはそれが色鮮やかであればあるほど高値で取引されました。初期の頃に取引されたブランケットの多くがブロックデザインやプレードであった事から色鮮やか且つ細かいディテールを施されたジャッカード織りのブランケットはたちまち先住民族の間で人気となり、日々の生活や儀式にも使われるようになりました。

ナバホ作家であり、アーティストでもあるレイン・パリッシュはこれらの非常に大切なブランド商品の文化的な意味合いに関する文献を数多く書き上げました。「子が生まれた時にPendletonのブラッケットを贈り、結婚式では女性の身体にPendletonのショールを、男性にはPendletonのローブを掛けて祝います。」と著書『The Language of the Robe: American Indian Trade Blankets』に書かれております。
今日も、Pendletonブランケットは北米全土のアメリカ先住民族の間で重要な役割を果たしております。

Pendleton Threads of Time

1863
創立者であり、英国人織職人であったトーマス・ケイが同州で2つ目となる毛織工場をブラウンズビルに編成すべくオレゴン州へ降り立つ
1876
トーマス・ケイの娘であったファニーが小売業者であったC.P.ビショップと結婚。この結婚により製造業一家と商人一家の一大ファミリーが誕生し、アメリカの中でも最古のアパレル製造業であるPendleton Woolen Millsの開発と成長の種が撒かれる
1889
トーマス・ケイが自信の毛織工場をオレゴン州セイラムに開業し、自身の生涯の夢を実現
1909
ケイの孫にあたるビショップ家の息子達が稼働していないPendleton Woolen Millsを購入後にアップデートし、色鮮やかなパターンを施したアメリカ先住民交易ブランケットの製造を開始
1912
ビショップ兄弟はその後、ワシントン州のワシューゴに2つ目となる生地工場を購入し、ファッショントレンドに合わせるべく、新たに軽量ウールを開発
1924
伝説的なPendletonバージン・ウール・シャツがソリッド及びカラフルなパターンで市場へ投入される
1929
Pendletonがメンズ・アパレルのフルラインアップを展開開始
1949
Pendletonがレディース・アパレルのフルラインアップを展開開始
1960
Pendletonが洗濯可能なウールを開発
1999
伝説的なPendletonブランケットの90周年、メンズ・ウールシャツの75周年、そしてレディース・アパレルの50周年というPendletonにとって祝いの多い非常に重要な年
2016
アメリカ先住民とのつながりを更に深めるべく、Pendleton商品が先住民の経営するライフスタイル・ブランドであるカナダのManitobah Mukluksより販売開始