
My Own Private PENDLETON vol.14
ペンドルトンが彩る日常 vol.14:志津野 雷さん(写真家 / CINEMA CARAVAN)
創業以来、160年以上にわたりアメリカを代表するライフスタイル・ブランドとしてそのルーツであるインディジネス・ピープルズ(ネイティブ・アメリカン)はもちろん、アメリカならではの古くて新しいオーガニックな暮らしを彩ってきた<PENDLETON>。「My Own Private PENDLETON」では、そんな日常を編みながら未来へと続くカルチャーを形創る方々をご紹介します。第14回目は、写真家 / 映像作家として活動する志津野 雷さんが主宰する<CINEMA CARAVAN>の新たな拠点<CARAVAN HIVE>を訪ね、地元の神奈川県逗子市からオーガニックに世界中とつながりながらDIY的感覚で形造られてきたユニークなコミュニティの物語を紡ぎます。

志津野さん(写真:手前左)と共に26SSのシーズンビジュアルの撮影にご協力いただいた<CINEMA CARAVAN>のコアメンバーである長島 源さん(写真:奥中央)と原口英興さん(写真:奥右)
LA、チカーノ、お洒落
――まさに現在発売中の<PENDLETON>26SS商品のシーズンビジュアルにご登場いただき、ありがとうございました。
撮影当日は志津野さんや長島 源さん、原口英興さんなどのコアメンバーの方々はもちろん、<CINEMA CARAVAN>というプロジェクトに集う方々が続々と集まり、それぞれ楽しみながらも撮影にご協力いただいたのですが、改めて<CINEMA CARAVAN>というコミュニティのあり方を実感できる時間でした。
志津野 雷(以下「志津野」):こちらこそ、楽しい時間でした! 自分にとっても<PENDLETON>はもともと暮らしの一部にあるようなブランドで、LAに行くとよく立ち寄るショップがコンプトンという地区にあって、いわゆるチカーノのギャングたちがお洒落着を買いにくるようなお店なんですけど、そこには新品から古着まで、歴代の<PENDLETON>の服やブランケットが揃っていて。
そこで買ったシャツを長いこと愛用し続けているんですけど、<CINEMA CARAVAN>が形創られるきっかけにもなった「逗子海岸映画祭」に協賛していただいたこともあったり。そんなご縁もあり、撮影中に改めて<PENDLETON>について深く知ることができて、いい機会になりました。

SOLAYA、六ヶ所村ラプソディー、ツアー
――<PENDLETON>はオレゴン州のペンドルトンという町に根差しながら、移りゆく時代の中でサーフやロック、ヒップホップなど多様なカルチャーとリンクすることでアメリカならではスタイルを形創ってきたブランドなのですが、逗子を拠点に様々なバックグラウンドを持つクリエイティブたちが集い、独自のカルチャーやその先にあるライフスタイルを自分たちのリズムで奏で続けることで国内外に同じ価値観を共有するコミュニティを構築し続けている<CINEMA CARAVAN>の活動は、とても親和性が高いのではないかと思いました。
<CINEMA CARAVAN>の現在に至る遍歴について、改めて詳しく伺えますでしょうか?
志津野:オフィシャルなことはHPを見てもらうとして(笑)、ではざっくばらんに赤裸々に!
ゲン(長島 原さん / CINEMA AMIGO代表)と横須賀の秋谷にあった<SOLAYA>というカルチャースペースの立ち上げに関わり、すぐパーティー三昧で追い出されてしまったんだけれど(笑)、そこで出会った仲間たちが原点。当時、逗子や葉山、横須賀、鎌倉や湘南とかのローカルを中心に、都内からの人の流れも混じって新しいコミュニティみたいなものが生まれてきていたんです。
2004年に<SOLAYA>が解散して、ここが一つのターニングポイントだったと思うんですけど、『六ヶ所村ラプソディー』という原子力再処理工場についての自主制作映画を作った鎌仲ひとみ監督が2007年に上映会で逗子に来て、それを観てかなり衝撃を受けた。「鎌倉や逗子、葉山に、海流によって青森県六ヶ所村から危害があるかもしれない物質が流れてくるかもしれない状況を、サーファーとして放置していていいんですか?」って問いかけられるような映画で、マジかと思って。
とは言え映画だし、これはやっぱりリアルに自分たちの目で確認しようということになり、中村 竜というプロサーファーの友人と僕、それから今は漁師になったカズマとか、4人くらいで現地を視に行ったら「実際にあるじゃん!」ということで、一度地元に戻ってきて、周りのみんなに伝えたんです。
それがどういうものかみんなまだよくわからない状況だったから、もうちょっと大きなムーブメントにしていこうと思い、ミュージシャンやプロサーファーとか周りの仲間たちたちを集めて、鎌倉からフィルムを回しながら写真も撮りつつ鎌倉から青森まで北上していきながら各県でイベントを開いていった。そのツアーに集まった面々が、<CINEMA CARAVAN>のメンバーにもなっていて。
とにかく海も山も大好きだし、みんなが原発問題とかも含め自然と興味を持てるように、ゆるく外に引っ張り出す一つのきっかけとして、「まずは外で遊ぼう、Play with the Earth」というテーマが生まれて、ちょうど<CINEMA AMIGO>の目の前に逗子海岸があるし、(<CINEMA AMIGO>のコンセプトに旅のエッセンスを加えた)<CINEMA CARAVAN>のモデルケースを作ろうということで始めたのが、2010年に開いた「逗子海岸映画祭」

志津野さんたちの初期衝動に反応した仲間たちが集まり形作られた<WAVEMENT>が、後に<CINEMA CARAVAN>へと繋がっていった。© ZUSHI BEACH FILM FESTIVAL All Rights Reserved.
CINEMA AMIGO、WAVEMENT、逗子海岸映画祭
――流石の猛烈な行動力ですね。
志津野:今も変わらずな感じかもですけど、当時は若かったのでなおさら(笑)。それで、青森へ向かう道中、各地で地元の漁師やサーファーなどにそれぞれのネットワークで声を掛けて興味を持ってくれた人たちを集めながら、現地で調達した流木とかを使った特設の空間を作ってそこで映像や音響を交えたイベントを開いて、「僕たちは六ヶ所村の反対運動を知っちゃったんですけど、みなさんはどう思います?」って問いかけていったんです。
茨城や福島とか、どんどん北上するに連れ現地から距離的にも近くなるので、もちろん既に切実な問題になっていて、そんな生の声を収録して行ったんですけど、その写真や映像をもとにさらに多くの人にそんな現状を伝えることができないかと思ってNHKや新聞社とか大手メディアにも声を掛けたら、やっぱり大人の事情で「いやいやいや、原発のことはもう…」という感じで。
そんな状況がたまらなく嫌で、なんで自分たちが見てきた状況や生の声を届けられないのかと、とても矛盾を感じて。だったら自分たちで発信する場を作ろうと仲間たちと話し合って、「映画を切り口にしたらドキュメンタリーもいけるし、アートも色も音楽もダンスもサーフも、仲間たちそれぞれが好きなこと、気になっていることもいけるじゃん!」ということで2009年に生まれたのが<CINEMA AMIGO>で、一緒に六ヶ所村へのツアーを回ったプロサーファーやミュージシャンの仲間たちと「海を知る 海と遊ぶ」をコンセプトにした<WAVEMENT>というプロジェクトを立ち上げたんです。
ただ、<CINEMA AMIGO>を立ち上げてから3年ぐらいは地に足をつけてやろうってみんなで言っていたんですけど、そもそもトラベラー気質な仲間も多くて、特に僕は一つの場所に居続けることに3ヶ月で飽きてしまって(笑)、<CINEMA AMIGO>のコンセプトにもう少し旅のエッセンスを入れようということになった。
それに、とにかく海も山も大好きだし、みんなが原発問題とかも含め自然と興味を持てるように、ゆるく外に引っ張り出す一つのきっかけとして「まずは外で遊ぼう、Play with the Earth」というテーマが生まれて、ちょうど<CINEMA AMIGO>の目の前に逗子海岸があるし、<CINEMA CARAVAN>のモデルケースを作ろうということで始めたのが、2010年に開いた「逗子海岸映画祭」。

<逗子海岸映画祭>では、テントも含め空間作りに必要なものはメンバーたちの手で作り、それをメンバーそれぞれの本業にも還元していくことで、新たな経済循環が生まれ続けている。© ZUSHI BEACH FILM FESTIVAL All Rights Reserved.
モビリティ、CINEMA CARAVAN、東日本大震災
――「Play with the Earth」は、現在でも映画祭や<CINEMA CARAVAN>のコンセプトとして掲げられ続けていますよね。
志津野:そうですね、<CINEMA CARAVAN>はまずは野外で<CINEMA AMIGO>を作ろうというところから始まって。
原発のことも知れば知るほど、メンバーの中ですら意見が分かれる部分があることだから、よいとか悪いとかではなくて、そういうものなんだっていうことをまずは知ることが大切だと思った。現代に暮らしている以上、エネルギーはどうしたって使わざるを得ないもので、資本主義の座組の中で暮らしているなかで、ただただ自分たちの意見を独善的に世間に投げかけたら、「YES or NO」みたいに真っ二つに分かれてしまい、それこそ分断が深まっていくだけじゃないですか? だからまずは現状を知ってもらった上で、「それぞれどういうスタンス?」という感じが、原発に限らず<CINEMA CARAVAN>として発信する時の今に続くスタンスになっていますね。
個人としては、とにかく自分で撮った写真や映像を自分たちの空間を作って旅しながら伝えていくことを生きる術にしていくために、写真業を続けながら<CINEMA CARAVAN>というプロジェクトの旗振り役に名乗りを上げ仲間たちに声を掛けて、みんなが集まってから15年。1カ月に一回くらいのペースで国内外を周り、その過程をドキュメントしながら、福島の話も続けつつ、海の素晴らしさを同時に伝えていくことを、ライフワークにしています。
――今年も4月下旬からGWに掛けて開催される「逗子海岸映画祭」は、ずっと逗子だけでやり続けようと思って始めたものではないのですね。
志津野:そう、旅を続けるためのモデルケース作り(笑)。映画祭を立ち上げた頃は、東日本大震災の前で、もちろんコロナ禍のだいぶ前だったけれど、とにかく仲間たちとどこでも生きていける術を作っていこうということで。
例えばゲンは音楽活動や料理もするし、その同級生のハラグチ(原口英興さん / 大工、ものづくり職人)は、世界的アーティストの息子なんですけど、中2くらいの頃にいわゆる普通の義務教育からドロップアウトして以来ずっと親父の作品作りを手伝ってきていて、それこそ親父がイメージしたものを鉄だったり油であろうが木であろうが「ここをこうしたい」って言ったら、それを実現するだけのスキルがあって、<CINEMA CARAVAN>のプロジェクトの空間作りを中心的に担ってくれていたり。
他にもアーティストやデザイナー、料理人、ミュージシャンに大工などを生業にしているメンバーがいて、六ヶ所村へのツアーなど一緒に回った、コアな部分で価値観を共有できる仲間たちが自分の得意なこと、やりたいことを実現できるような場をまずは地元に作って、さらに旅をしながら世界中に作っていくことで、それぞれ人間力をアップデートしていけたらいいなと思ったんです。
それができたら世界中でどこでも仕事も遊びもできて、肩書きとか関係なく自分たちの生き方を見れば世界中で通用するコミュニケーション・ツールになるっていう明確なヴィジョンがあったので、とにかくまず映画祭をやるぞと。
ただ、一箇所にじっとしていられない性分だし(笑)、場所を所有するとそこに縛られて大変だから、とにかくモビリティを重要視しよう。右が駄目だったら左、真ん中でも後ろでもとにかく場を作って「はじめまして!」と世界中でどこでもできる状態をまず作ろうということで始まったんです。
イベントとして映画屋さんと勘違いされてしまいがちなんですけど、上映屋をやりたいわけではなく、あくまで自分は写真や映像が生業だし、他のメンバーも自分の好きなことに特化していて、<CINEMA CARAVAN>は、それぞれのタイミングで参加するようなコレクティブだから束縛する必要もないし、基本的にはそれぞれ好きにやっていこうよというスタンス。だから<CINEMA CARAVAN>としてのプロジェクトは旅やタイミングによってメンバーも全然入れ替わるし、誰かがいなくてもいいような状態を作っておくようにしていて、そうするとどんな場所でも展開していける。
それがたぶんこれからの世の中を自分たちが生きていくのに強い力になるんじゃないかと思いながら六ヶ所村のツアーなどを始めた後、すぐに東日本大震災が起きた。思ったより早かったように感じたんですけど、ああいう状況が実際に起きて自分たちにもダイレクトに影響があるようになり、当時はプロジェクトが始動してからまだ2〜3年くらいだったけど、とにかくそこからさらに加速して動き続けた結果、コロナ禍がきて、それでも走り続けて現在に至るという感じです。

小さい頃から「逗子海岸映画祭」の運営を手伝い、25年の映画祭ではパフォーマーとしても出演した志津野さんの娘・むーちゃん
DIY、本質的な場、子どもたち
――「逗子海岸映画祭」がその最たる例だと思うのですが、<CINEMA CARAVAN>はその空間作りからイベント運営まで、既成のシステムやモノに頼らず可能な限りDIYなカウンターカルチャーをベースに自らの手で作り上げてきたからこそ、そんな暮らし方も形創ることができたのだと思います。
志津野:初めの頃、ある先輩に「それだけイメージができてるなら、お金を払って設営とかもプロの業者さんに任せてやった方が効率的だよ。なんでお前は面倒臭い地元の先輩とか仲間、いわゆる酒癖悪い奴とか9時って言ったのに10時半に来たりとか、『今日じゃなかったっけ?』って2日後に来るような連中と一緒にやってるの?」みたいなことを言われたことがあって。
実際に<CINEMA AMIGO>を立ち上げて1年目くらいの時、立ち上げメンバーで大喧嘩したことがあったし、<SOLAYA>や<WAVEMENT>も然り、自分を含め社会とうまく噛み合わない仲間たちも多いからギクシャクすることも多かったけれど、やっぱりそういうところを含め一緒に体験してきた仲間だからこそ根幹で共有できる部分も多い。
そもそも物質的に映画館を作りたかったわけじゃなく、その過程やその先に何をしていきたいのかが自分たちにとっては重要で。とにかくそんな仲間たちとの付き合いはいちばん面倒くさいし、いちばん楽しいところでもある。実際に業者さんを呼んで場を作ったこともあったけど、やっぱり本質的なものにはならなかったし、15年やり続けて実感するのは、ストレスを生むいちばんの原因は人間関係だなということですね(笑)。
もちろん続けていくためにお金を稼ぐことは重要だし、望めばもっと効率的に稼げるかもしれないけれど、どう稼ぐかが重要。それはやはり時間をかけないとわからなかったと思うし、だからこそ未だにゲンやハラグチとか、新たに加わってきた仲間たちとやり続けていて、今は更にみんなの子どもたちの世代まで広がってきているから、面白いもんです。
――もう10年ぶり以上に去年の映画祭に行ったら、当時小学生だった子たちがDJしてたり。
志津野:そうそう! 高校生になったうちの娘もパフォーマーとして出演するようになっていたりとか、設営も小さい頃から手伝ってくれていのでお手のものになっていたりして(笑)。バイトをしてお金を生み出しつつ発表の場にも使いながら、自分のキャリアにも役立てたりみたいな。
子ども世代でいちばん上だともう27、8歳くらいになりますかね。映画祭を立ち上げたときの先輩の子どもたちで、当時8歳、9歳くらいの子たちが今はロンドンでDJをしていたりで、毎年映画祭に帰ってくるんですけど、しっかり予算を組みつつ、ロンドンから仲間も連れてきたり。仲間たちのギャラも計算して、その後の東京でのパフォーマンスも含めてツアーを組んだりとか、映画祭をきっかけに実際にやり始めている。その子たちも、小学校の頃から手伝ってくれているから、もう一丁前のDJなのに受付のバイトも手伝うよって。
そんな感じで、子ども世代もジワジワとCARAVANの使い方を把握し始めていますね。昔から子どもたちにも必ずバイト代やギャラを払うようにしていたんですけど、お金に対する考え方や自分たちなりの稼ぎ方のコツみないものを掴み始めていたり、なんか嬉しいですよね。与えられたものを、それがどういう目的なのかわからないまま日々こなすよりは、何かまず自分たちのやりたいことを見つけた後に、場をうまく利用して必要な分だけお金を稼ぐことができるような状態を作ることを意識して続けてきたので。

オルタナティブ、コロナ禍、ちょっといいですか?
――そんなこんなで「逗子海岸映画祭」も今年で15回目になり、<CINEMA CARAVAN>としても価値観を共有するような人たちから呼ばれて国内外を旅する中で、それこそ世界中に広がるコミュニティが確実にできていると思うのですが、メンバーそれぞれが培ってきた経験や能力、つながりを持ち帰り発展させる場所が逗子という場所なのですよね。
それをまた旅先に還元していく循環が生まれ続けているからこそ、コミュニティがどんどん広がっているように思います。
志津野:自分たちにとってのローカルはあくまで逗子で、どこへ旅しても帰ってくる場所がここ。自分たちが何者なのか素性をさらけ出した状態で、とにかくお声掛けいただいたところにお邪魔しながら、旅先のみんながたまたま気づいてなかった魅力に気づくきっかけになればよいかなくらいのテンションでやってきて、おこがましくて旅先の人たちに「俺たちが行けばいいコミュニティが作れますよ!」なんて恥ずかしく言えないし、そんな実力もない。自分たちにとって、旅先でのできごとは学びでしかないので。
――そうやってオーガニックにつながりながら、あくまでDIY的な感覚で各地に場を創り続けてきたからこそ、独自のコミュニティができているのだと思います。
オルタナティブにやり続けている結果、いわゆるメインストリームな企業や自治体などにも共感する人たちが出てきて、デベロッパーと一緒に「品川国際映画祭」を手掛けるようになったりしてきているのは、やはり時代も変わってきたのかもしれませんね。
志津野:サーフ的な感じのものやCARAVAN的な生き方って、以前はやっぱり「あっちの人」みたいな、やっぱり蚊帳の外的な感じがあったと思うんですけど、コロナ禍を機にガラっと変わったような感じはしますね。自分たちは分け隔てなく生きてきたつもりだけれど、そういう生き方もありかもと感じて「ちょっといいですか?」って勇気を持って入ってきてくれる人たちが増えてきて、それが企業の中にも行政の中にもいる。学生も然りで。
特に国内で、「そもそも<CINEMA CARAVAN>とは、いったいどういうものなのですか?」という直球の疑問に対して話をして欲しいと自治体や大学、企業の人たちからも依頼されることも増えてきて、今話しているようなテンションで話しているんですけど、それが品川の映画祭に繋がっていったり。時代は、確実に変わってきていますよね(笑)。
相変わらず自分が綺麗だと思うことの写真も撮り続けながら、70まで動くか80まで動くかわからないけど、「シネマティック・キャラバン」という次のステージを意識して、この<CARAVAN HIVE>という場所にしっかりと根付きながら仲間たちと日々を楽しみつつ、それをやり続けていけたらいいなと、今は思っています

パーマカルチャー、CARAVAN HIVE、シネマティック・キャラバン
――旅を続けながら独自のスタイルでローカルに根差してきた<CINEMA CARAVAN>は、これからも変わらずに旅を続けていくのでしょうか?
志津野:もちろん、旅は続けていきます。でもそのペースとか、地元への根差し方は少し変わり始めていて。
今まで地元でも敢えて拠点を賃貸にして人の家に常にお邪魔している状態を続けてきて、10年以上それがいい意味での楽しさとか気楽さみたいな部分があったんですけど、新しい出会いとか新鮮さに対して少し不感症みたいになってきているところがあるような気がしていたんです。極端な話、人の家の庭に種を蒔いて芽吹かせてもいつ「出ていって!」みたいな状態になるかわからないので、心から気が入らないみたいな心境になってきて。歳をとったのかもしれませんね(笑)。
『Whole Earth Catalog』や『Spectator』然り、20代や30代の頃に自分たちが影響を受けてきた本や人たち、それにムーブメントもそうだけど、彼らが実践してきた本質的なところまで辿り着けていないままだったなって部分があるような気もして。
映画祭でも散々投げかけてきたんですけど、いざ自分たちはどうかというところに立ち戻ってみて、今の自分や仲間たちの好奇心をもう少し突き詰めてみようと思って作り始めたのが、この<CARAVAN HIVE>という場所。もちろん、映画祭とか<CINEMA CARAVAN>のモビリティな部分を無くすわけではなく、でもここからまた10年、20年と続けていくために、まだまだ全然知識が追いついてないからあまり大それたことは言えないんですけど、パーマカルチャーや食料自給率、エネルギーとか、自分たちが今興味を持っていることについて発信するだけではなく、実践する場として数年前に初めて土地を買って、実験を始めたところです。
すると自然とこのフィールドが必要とする新しい仲間たちも集まり始めてきて、それこそゲンやハラグチも、いい意味でみんな変なプライドがないから、またゼロに戻って新しく始める幸せみたいなものも感じていたり。年齢とか関係なく、何を楽しむかによってそれぞれに光が輝き出す「シネマティック・キャラバン」という状態を感じ始めているんです。
映画を観る「シネマ」という意味より潜在的な、心のワクワクみたいなところを自分たちは「シネマティック」と呼んでいるんですけど、それはたぶん何かを生み出す生き方をしてる人はみんな持っていて、そういう人たちに光を当てていけたらいいなと思って。例えば、「明るい日中はハラグチの作業を手伝おう、夜は暗いからライの映像をみんなで観よう、腹も減ってきたから料理人の仲間に料理を作ってもらって色を添えてもらおう」みたいな、そういう日常を楽しむ根みたいものを、しっかりとここで張り始めているところです。
そんな人生の光をみんなで重ねていけたらいいなと思っていて、「俺なにかやりたい!」という仲間がいれば変わらずにサポートしていくし、この場所で学んだことを旅先で共有しようって時にはまたキャラバンで周ったらいい。映画というフィルターを通しても通さなくても。だからもうスクリーンはなくてもいいし、抽象的になってしまうけれど、<CINEMA CARAVAN>のあの丸くて温かいテントがあるフィールが周り続けている現象のような。
相変わらず自分が綺麗だと思うことの写真も撮り続けながら、70まで動くか80まで動くかわからないけど、「シネマティック・キャラバン」という次のステージを意識して、この<CARAVAN HIVE>という場所にしっかりと根付きながら仲間たちと毎日を楽しみつつ、それをやり続けていけたらいいなと、今は思っています。
KV : Michinori Maru Copyright © ZUSHI BEACH FILM FESTIVAL All Rights Reserved.
<プロフィール>
志津野 雷
しづの・らい / 写真家・映像作家・<CINEMA CARAVAN>主宰。1975年東京生まれ、鎌倉育ち。現在は、神奈川県逗子市を拠点に活動中。2010年に「逗子海岸映画祭」を立ち上げ、<CINEMA CARAVAN>メンバーとともに映画・音楽・アート・食を横断するフェスティバルとして発展させる。移動式野外映画館として「サン・セバスティアン国際映画祭」や「越後妻有大地の芸術祭」など、国内外の映画・アートイベントを演出。また、写真家として世界各地を旅し、風景や人々、土地の空気感を独自のまなざしで切り取る。ANA機内誌『翼の王国』をはじめとする雑誌、<Ron Herman>や<CANON>などの広告撮影を手がけるほか、国内外のアーティストとのコラボレーションや空間演出など、多様な表現活動を展開している。2016年に写真集『ON THE WATER』を発表。2018年には生演奏と映像を融合させた作品『PLAY WITH THE EARTH』を制作し、映像・音楽・体験を通じて「地球とともに生きる感覚」を共有する活動を続けている。2022年、世界最大級の現代美術展「ドクメンタ15」(ドイツ・カッセル)に参加。2023年には現代美術家・栗林隆とともに「六本木アートナイト」に出展。 旅と表現、そして人とのつながりを軸に、映像・写真・アートインスタレーションなど、ジャンルを越えて活動をひろげている。
Official HP&Instagram
https://www.raishizuno.jp/
https://www.instagram.com/raishizuno/
CINEMA CARAVAN
https://cinema-caravan.com/
https://www.instagram.com/cinemacaravan/
CINEMA AMIGO
https://cinema-amigo.com/
AMIGO HOUSE
https://amigo-house.com/
AMIGO INN
http://www.amigo-inn.jp/
WAVEMENT
https://wavement.net/
逗子海岸映画祭
https://zushifilm.com/
<スタッフクレジット>
>photography:Ai Iwane
text:K2
edit:Sohei Oshiro(CHIASMA)
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